「生かされる」を考える

2008_1212みつ0034
親愛なる貴方へ
先日、私の通う専門学校で、合格発表があった。今年は一時試験で六人(五年コース2人、三年コース4)だそうだ。……で、何故か想い出した。
昔々趣味の彫金細工でもなかなかの学を稼ぎ、自分で二丁目にお店を持っていてと言うニューハーフのお姉様が、友人関係達の中にいた。
彼女(彼?)曰く
「人生は一度きり、その瞬間瞬間を大事に出来ない人間はほぼ全員が、最後に"まぁいっか"と思って死ねないものよ」
と言っていた。それも一理ありそうだ…そんな簡単な思いで、「せめてその日一日、悔いは残さないように過ごそう」てなトコロから、今日までの毎日を生かされている。
人それぞれに言い分が有るだろうが、私個人では間違っている過ごし方とは思わない。
「悔いのないように過ごす」為には、人が生かされる上で出てくる選択肢を、真剣に考えて決めなくてはならない。私の人生に、「ああしとけば良かった」はないのだから。
就職ではない現在の旦那様に、未婚だった時期に計画妊娠をもちかけたこともあったな~。
当時就職していない現在の旦那様は、真面目にも結婚は仕事を決めてからと考えていたようだが、結果は11年経った現在もある意味で契約社員のままである。そうそうチビ達とコーギー鈴がいる(^^)
当時、できるにこした事はないが結婚はどうでも良かった。
この先も生かされるなら自分に何が必要かを考えて、もし一人で育てるにしても「この人の子供なら頑張れる」とか思った笑。後に「尻をまくるって言うんだ、馬鹿」と旦那様に苦笑された。
どんなに甘い考えでも。その時できうる限りの範囲でちゃんと考えた答えに従ったわけだ。
現在の専門学校へ通うのを決めた時は、もっと長い期間考えた。何年も断わったにも関わらずお誘いいただいた人に、好い加減な返答でご迷惑をおかけする事は出来なかったからだ。
選択は間違っていなかったと思っている。
もう一つ「自分で決めた後悔しない選択」とは、「誰かのせいにして逃げる」は出来ないので、決めた所までは全力で過ごさなくてはならない。これは結構な負担であるが、私には温かく満たされるものがある。気張ると疲れるが、そのご褒美だと考えている。
こんな生き方はワガママなのかもしれないし、後悔しない為に発言も嫌な事は嫌だという。でも人付き合いも時間を消化するのも、一時期悩んでいた頃にしたら楽になった。
現在三年先が「あん摩マッサージ指圧師、鍼師、灸師」の国家試験と決まっている。
もう五年で修行と開業をして、経済的面で家族に楽をさせたい。
更に五年で、旦那様が広い庭で菜園を出来て、私の一万冊はある本をしまえる書斎を持った家を建てたい。
その先は……旦那様が笑って過ごせる時間が欲しいかな。
人と関わりを持ったから、関わりを持った人達に恩を返すまでは何所へも逝けない。
「生かされる」を考えるなら、心が壊れない限りは前上を向いて歩こう。
果たしてこんなに歪んだ私に、何所まで逝けるだろうか(^^)
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